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金子兜太先生



先月20日に俳人の金子兜太先生がお亡くなりになりました。
大変残念なことです。ご冥福をお祈りします。

以前は俳句のことはあまり関心が無くて、金子先生のことを知ったのは実は
そんなに前のことではありません。
新聞の投稿俳句の選者を務められていて名前を見たことがある程度でした。
しかし俳句のテレビ番組で、審査員として出演されたときに強く印象に残りました。
俳句の偉い先生(現代俳句協会会長など)であり、年配でいらしたので威厳があって、
近寄りがたい存在だろうと思って見ていました。
ところが、話を聞いたら なんと ざっくばらんで親しみのあるお爺様でした。
ユーモアがあって、小さなことに拘らず若者にも理解のあるとても懐の深い方でした。
俳句の作品でも季語にはこだわらないと言うような自由な表現を求めてこられ、現代俳句に
大きな功績を残されたそうです。

そんな明るい先生ですが、実は先の大戦で大変なご苦労や悲しくつらい思いをされたそうです。
海軍中佐としてトラック島に渡り、戦後は捕虜の経験もなさいました。
心の片隅にはそんな陰があったのですね。
そのため平和な社会を望む気持ちが強く、戦後はそのための活動をされてきたそうです。

戦時中に俳句弾圧事件というのがあって、反戦を詠った俳人が検挙されたそうです。
その事件を忘れないようにと、その俳句を刻んだ「俳句弾圧不忘の碑」が上田市にある
美術館「槐多庵」(信濃デッサン観の別館)の前に建立されました。
金子兜太さんのお弟子さんである、フランス人で俳人のマブソンさんの計画だそうです。
碑に刻まれている「俳の弾圧不忘の碑」の文字は金子先生が揮毫されたそうです。
碑の除幕式が2月25日にあり、先生は参加される予定だったそうですが、かないませんでした。
大変残念だったことでしょう。
せめて、先生が願っていた平和が続くようにして安心させてあげたいですね。

今日、その碑を見てきました。
碑に刻まれた17の作品を見てその思いを強くしました。
なお、隣の「檻の俳句館」には、その作品のパネルが展示されています。(檻に囲まれる演出で)

下は戦争直後の先生の俳句と、弾圧を受けた内のお一人の句です。
 海に青雲生き死に言わず生きんとのみ(金子兜太)
 千人針を前にゆゑ知らぬいきどほり(中村三山)

平和を絶対手放してはいけません。

at 20:29, まっちブログ, 工場長 新井

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