<< 秋から冬へ | main | 版画 >>

漱石忌



昨日12月9日は漱石の命日でした。
101年前の(1916年/大正5年)です。49歳でした。
(今年は生誕150年でもありましたね)
命日に糸瓜忌(正岡子規)、河童忌(芥川龍之介)のような名称はありません。
ちょっと意外です。「猫忌」なんてどうですかね。ブー!ですか。

その日は風もなく暖かく小春日和だったらしいです。(ご次男、伸六さんの著書から)
「明暗」が絶筆となってしまい、まだまだ創作に意欲的だったと思いますので、さぞかし無念だったと思います。
実際、その年の1月には物集芳子という女性(小説家、二葉亭四迷、漱石に師事した)に宛てた手紙に、
「いつまでも生きる気でいる」と書いています。
また、朝日新聞の随筆「点頭録」には「自己の天分の有り丈を尽くそうと思うのである」と書いているそうです。
(岩波ジュニア新書「漱石先生の手紙が教えてくれたこと」から)

でも、漱石の死生観からすれば、案外達観していたかもしれません。
生前、「生死を透脱する」(受け入れて死ぬことだそうです)「生は苦痛に満ちている、死はそれがなく
めでたい」と言っていたそうです。(岩波新書「夏目漱石」から)

そういえば、「吾輩は猫である」の猫も水の入った甕に酔っぱらって(ビールで)落ちてしまい、もがくのですが最後にはあきらめて、「自然の力に任せて抵抗しないことにした」「月日を切り落とし、天地を粉韲して(粉みじんにして)不可思議の太平に入る。吾輩は死ぬ。死んでこの太平を得る。太平は死ななければ得られぬ。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたい。ありがたい。」で終わります。
命日の11年も前に、こんな風に書いていました。
猫は漱石の投影だと思いますので、これが本心でしょうか? やはりもっと生きていたいとも思っていたのでしょうか?
家族もいることだし。
ご本人に聞かないと永遠に不明でしょうね。謎のままがいいです。
死を受け入れるというのは、漱石のあまり幸せでなかったかもしれない生い立ち、病気がちだった人生からくるニヒリズム的な
死生観かもしれません。
だからこそ、人間の本質を冷静に描いた名作の数々が生まれたのかもしれません。
これからも、もっと味わって、漱石作品読みたいです。皆さんもいかがですか?

at 17:58, まっちブログ, 工場長 新井

comments(0), trackbacks(0), -

コメント









トラックバック
url:http://blog.match-japan.com/trackback/340