ムシトリナデシコ



熊本、鹿児島の水害が大変なことになりました。
被災地の皆様には謹んでお見舞い申し上げます。
昔、美しい球磨川沿いを電車に乗って旅したことを思い出します。

川は自然豊かで美しいし、潤いを与えてくれます。
そんな川の存在感を先週改めて感じたところですが、水害の一面も合わせ持つ
ことを考えると複雑な心境になります。(川だけの問題ではありませんが)

上の絵は先週千曲川の河原で見たムシトリナデシコです。
(ブライトカラーとポスターカラーを使用しています。)
ヨーロッパ原産で江戸時代に観賞用に入ってきたものが野生化したそうです。
こういうケースで野生化する野草 多いですね。

ムシトリと名前が付いているので食虫植物かと思いきや、そうではなく茎の
上部の節から粘液を出して虫をくっつけるだけらしい。
とは言っても、アリなど這ってくる虫を花まで行かせないようにするちゃんと
した理由があるそうです。

2年草ですが、河原なので増水すればすぐに流されるか傷ついてしまう境遇に
おかれています。
先週見たものは、相当傷ついて横たわって枯草も絡みついて弱っていました。
(そのように見えました)
花もまばらで少なく、たぶん流れに もぎ取られてしまったのでしょう。

先日は雨が降り雨量も多く増水したと思うので、花は今 もう無くなっている
ことでしょう。
刹那的で、悲しいですね。普段、気にかけていませんが河原はいつも変化して
います。
これも自然の成り行き、しょうがないですね。

咲いていた一時を絵にして残すことができたので花への愛おしさが湧きます。
この絵が処分されなければ、永遠に紙の上で咲き続けます。周りの空気感も
一緒にです。
考えれば、風景画も同じでその時の対象や空気感はいつまでも残ります。
作者の心情も。
明治、大正時代の絵を見ると、その時代の空気感じますね。
時代に憧れ、タイムスリップしたくなります。
絵っていいですね。

at 14:52, まっちブログ, 工場長 新井

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河原と水辺



コロナで休日の巣ごもり生活も長く続いています。
昨日は気晴らしに千曲川の河原に散策に行きました。

河原はいろいろなものを見て楽しめます。
昨日、見たものです。
まずは、昨年の台風の水害で流れてきた流木、あれからずっと
河原に横たわっています。
オブジェのようでもありますが、台風の爪痕と思うと複雑な気持ちに。
土手も一部が削り取られています。

しかし、自然の生命力はたくましいです。
河原の一部に名前は分かりませんが野草がぎっしり。
浅瀬を見れば久しぶりに見るアメンボウ、カダヤシだと思いますが小さな
魚が群れています。

名も知らぬ花が咲いています。
帰って調べたら、「ムシトリナデシコ」と「ウスベニアオイ」でした。
どちらも帰化植物です。すっかり和の雰囲気です。
「ムシトリナデシコ」は、元は観賞用だったそうです。今は野生化。
「ウスベニアオイ」は別名「ブルーマロウ」というハーブだそうで、
昨日見たものは野生化したもののようです。
どちらも家庭で育てれば、もっとお嬢様っぽく見えたかもしれません。
でも、野生も力強さがあっていいです。
どうしても分からない花もありました。
帰って調べる、これがまた楽しいものです。二度おいしいです。

河原の石も転がって丸くなっていますが、きれいな曲線のものがあります。
写真に撮っておきます。以前はイラストレーターでオブジェクトにしていました。

色々な自然の造形が楽しめますが、泥が干上がって割れ目が生じてできた
パターン、水が流れてできた砂のあとの縞模様やうろこ状のパターン。
みな面白いです。

生き物も蝶や鳥。
水辺の石をひっくり返せば昆虫なども出てきます。
あゆ釣りを楽しむ人ものどかさを感じます。
座ってぼーっとしていると癒されます。

夏は水辺が楽しい季節です。
岩石と水辺の入り江の配置なども面白いです。水面の表情も。
よく子供対象に水辺の自然観察教室など開かれ参加したい気持ちに
なりますが、ちょっと無理ですね。
やはり一人がいいですかね。のんびりと。

上の絵は昨日の河原です。
向こうが本流、こちらは脇で ゆるい流れです。
水面の表現なかなか難しいです。
皆さんも身近な自然楽しんで下さい。

at 16:49, まっちブログ, 工場長 新井

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雨(童謡)



梅雨ですね。
早いもので今日は夏至です。しかも部分日食で何かドラマチックな日です。(大袈裟ですか)
雨は休止中です。この時期晴れればさわやかですね。
残念なことに夕方には曇ってしまいましたが。

今日のように雨が降らない日には ぴんと来ない話題かもしれませんが、昔から童謡、唱歌、
歌謡曲などに雨の歌は多いですね。
日本人って、けっこう雨が好きなんですよね。叙情的です。
北原白秋作詞、弘田龍太郎作曲の「雨」という曲がありますね。
大正9年の発表で、詩は児童雑誌「赤い鳥」に大正8年に掲載されたそうです。
下はその歌詞です。

「雨がふります 雨がふる
遊びにゆきたし 傘はなし
紅緒の木履(かっこ)も緒が切れた
雨がふります 雨がふる
いやでもお家で 遊びましょう
千代紙おりましょう たたみましょう
雨がふります 雨がふる
けんけん小雉子が 今啼いた
小雉子も寒かろ 寂しかろ
雨がふります 雨がふる
お人形寝かせど まだ止まぬ
お線香花火も みな焚いた
雨がふります 雨がふる
昼もふるふる 夜もふる
雨がふります 雨がふる」

雨の日の寂寥感がよく出ています。
歌詞からすれば、昔は雨が降れば外には出ずに家の中で過ごしたようですね。
逆に言えば、雨が降らなければ、よく外で遊んでいたということですね。
今はどうでしょう。
ゲームやSNSなどで、家の中でも飽きずに遊ぶことができます。
良いことかどうか?

雨が降るから、外で遊べないのは仕方ないと小さい時から自然を受け入れ、
しょうがないものはしょうがないと納得する心がこういう歌を聞いて(歌って)身に付けて
きたんだと思います。
晴耕雨読ではないけど自然任せの暮らしって良いと思います。(自然災害は困りますけど)

この歌詞、今のコロナ禍の巣ごもりにも似たものがあります。
日本人はじっと耐え、ステイホームして徐々にですが鎮まってきた感があります。
日本人は我慢強いです。
でも、コロナじゃ叙情感はありませんですね。早く終息してほしいですね。

at 19:01, まっちブログ, 工場長 新井

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雨に濡れた路面とオオキンケイギク



梅雨入りです。
夏になると、工場の前の道端にいつも黄色い花が咲きます。
(コンクリートの割れ目から出ています)
キバナコスモスと思っていましたが、調べたらオオキンケイギクのようです。
この花、とても繁殖力が強く特定外来生物に指定され駆除したほうが良いそうです。
在来種の植物に影響があるのだとか。

夏になるといつもの見慣れた道端の景色ですが、雨が降ると路面が濡れ雰囲気が
変わります。
意識してみるといい雰囲気です。
雨水がしっとり空や回りのものを反射していて空間が広がるような感じがします。
雨だれや、風で水面が乱れ風情が出て魅力的です。

向井潤吉先生の「北国街道白雨」という作品がありますが、雨でぬれた路面が
しっとり描かれていていい感じ。茅葺の民家を引き立てています。
全体の湿った雰囲気がたまりません。

川や池、湖、田んぼなど水があるとやさしい表情になります。
水は不思議です。人間と水は切っても切れない何かがあるようです。
元は水中で生きていた生物ですからね。

オオキンケイギク、気のせいか水の力を借りていきいきしているようにも見え、
駆除するのは躊躇われます。(でも抜かねば)
花はきれいです。

梅雨に入ったばかりですが、これから先 雨が与えてくれる素敵な景色に巡り会えると
いいなと思います。
梅雨もおつなものです。

上の絵は基本ブライトカラー使用で、花と実、茎や葉の一部にポスターカラーを使用
しています。
(透明と不透明を併用する方は結構いらっしゃると思います)
反射は紙の白を生かしていますが、先に薄く色付けをしています。
反射のシルエットは にじみ を利用。
水をあらかじめ塗り(ボケ過ぎないように少な目)筆のタッチを生かして(つもり)
描きました。
いつも失敗しますが、うまくいかずにこれでもかと描きすぎない方がいいかなと思います。
抜け感が失われます。(個人的意見です)

at 13:44, まっちブログ, 工場長 新井

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リトル・リチャード氏を悼む



コロナ禍で注意が浅くなってしまいましたが、5月初めアメリカのミュージシャン 
リトル・リチャード氏が亡くなられました。87歳だったそうです。

ご存知チャック・ベリーやファッツ・ドミノなどと並ぶロックンロールのパイオニアで
主に50年代の活躍が光っています。
ビートルズにも影響を与えたことで知られています。
ハイトーンのシャウトと派手なパフォーマンスで、強烈なインパクトです。

ビートルズの中でも、特に影響を受けたのがポール・マッカートニーです。
彼は学校時代(多分高校に相当する)には、ハイトーン(Gのキーで)で
真似をしていたそうです。(音域が似ているそうです)
ビートルズとしてデビューした後も、カバー曲を発表しています。
基本的にリトル・リチャードの曲はポールがボーカルです。
確かに、歌い方はよく似ています。(エルビスの歌い方にも影響されている曲もありますよね)
発売されたカバー曲は「ロング トール サリー」「カンサスシティ/ヘイ・ヘイ・ヘイ・ヘイ!」です。
解散後に出たBBCでのライブ演奏のCDでも他の数曲が納められています。
ポールはソロになってからでも、CDにいくつか収録しています。
「ルシール」は個人的には好きです。
ビートルズはリトル・リチャードと共演もしています。(夢のようだったでしょうね)
共演は述べ16日あったそうです。

訃報を知って暫く経ちますが、気になって彼の演奏をYOUTUBEで聴いてみました。
過去に聞いたことはありますが、改めて映像と一緒に聞くとインパクトがあります。
ビートルズの前に、革新的な音楽を創作していたんですね。
いつの時代にも異端児的な人がいて、いいことです。
彼の音楽にビートルズや他のアーチストが影響を受け、さらにまたのその影響を受けた
ミュージシャンが生まれて行きます。
彼がいなければビートルズは出てこなかったかもしれません。奇跡的なめぐり合わせです。
そう思うと偉大な人物でしたね。

ビートルズの「ロング トール サリー」のライブ演奏もYOUTUBEで聴いてみました。
改めて聞くと、やはりポールのボーカルすごい!20歳過ぎの若いころですが、もう完成されて
いて高い声のシャウトが途轍もないです。
演奏もみなうまい。ライブを大事に活動していた初期の実態が分かります。
初期の頃も、中期の頃も、後期のビートルもそれぞれすごいです。変容がすごいです。
リトル・リチャードに影響された時期があったからこそ、その後のビートルズ、ソロ時代の
メンバーがあるんですよねー。

芸術・文化で表現の伝承は大事ですね。
またそれをベースに新しいものを生み出すエネルギーも大事で、社会や個人、世界・・・
色々なものが絡み合って生じます。
コロナ禍のあと、いや今からでも何か生まれる波動が出てくるといいですね。
ペストの後のルネッサンスのように。
リトル・リチャード氏の冥福をお祈りいたします。功績を称えたいです。

at 15:55, まっちブログ, 工場長 新井

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錆びたトタン板に絵を描くと





いきなりですが錆びたトタン板が好きです。
寂れた感じが何とも言えません。
(寂れは古くなって趣が出る、味わいがあるという意味です)

どうして好きか? 味わいがたまりません
昭和のレトロも感じます。歳月の存在を感じさせます。
これからの創作のテーマ、モチーフにしても良いかなと思っています。
絵で描いてみたいから好きなのか、好きなので描きたいのか 分かりません。

田舎に住んでいると古い廃屋や家屋、農家の納屋、田や畑にある木材置き場
などの屋根や壁によく見られます。
民家や田畑をよく描くので、錆びたトタン板が入り、アクセントにもなります。

そんなトタン板にちょっと感心させられることがありました。
通勤途上ですが、農家だと思うのですが、屋根・壁ともかなり錆びた
小屋があります。全体が赤茶で覆われています。
いいなあと思っていました。
それがある日、変身したのです。
道路から見る面にムーミンとニョロニョロが大きく描かれているのです。
かわいくて、思わずニコッとなりました。
コロナ禍で、沈みがちな世の中なので明るくしようという意図だと思います。
気持ちが和み、明るくなりました。
多分目にした人は皆そうなるでしょう。

絵の力はすごいなと改めて思いました。
それまでの寂びの世界から、どんでん返しのようにまったく別のファンタジーの
景色になってしまった。これって何なんだと。
このコンビネーションの妙、再生の意味もあるのですかね。作者のセンスと温かみ
を感じます。

絵によって景色が変わる似た例はあるか?
古いですがトラック野郎のパネルに描かれたもの(トラックの重機感が薄らぎ派手に)
工事現場の囲いに描かれたもの(工事現場を少しでもさわやかに?ですかね)
最近、話題のバンクシーの壁画
(話題性がありますね。芸術なので被塗物との関係性を考えたいです)
絵ではないけどプロジェクションマッピング。(どうなんでしょう)

やはり、支持体(被塗物)に何か意味が欲しいですね。
描くことによって、意味が出てくるでもいいと思います。

佐伯祐三の作品に「共同便所(1928年)」というものがあります。
ご存知のとおり大正・昭和初期に主にパリで活動し、短くも燃えた夭折の画家
ですね。(30歳)(パリの街角、壁の表現がすごいです)
油彩を始めたころから好きな画家です。
「共同便所」はパリの街にあって鉄でできています。
囲いの鉄板が渦巻き状に巻かれているのでエスカルゴという愛称もあるそうです。
この鉄が錆びていて、塊に見えます。その表面にポスターが貼られていて
このコンビネーションがいいです。
ポスターがなければ、重厚な重苦しい雰囲気のままだったと思います。
そんな景色に目を付けた佐伯の感性は素晴らしいですね。
現在では都会や街の施設などで、お洒落に錆びた鉄板を使用している例は
そんなに珍しくないかもしれません。
今回紹介した例は個人ベースなので発想の原点が違います。

上の絵は、錆びたトタン屋根の古民家(廃屋)を描き(昔撮影した写真が元)、
その上に超対照的な人物のイラストを合成し、試してみました。
イラストは都会的でビジュアルが華やかなアメリカのミュージシャンP!NKを描きました。
(下のイラストです)
合成はパソコンのソフトを使いました。
景色、変わりましたかねー。ポップな民家になりました。家が大きすぎたかもしれません。
ムーミンほど馴染みがないのですっと入ってきませんですかね



at 20:36, まっちブログ, 工場長 新井

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名前にルリが付いた生物




前回のブログでルリハタを書きましたが、ルリの付く名前の生物はけっこういます。
そこで、今回代表的なものに集まってもらいました。

瑠璃(ルリ)という色名は平安の昔から使われていたそうです。
瑠璃はペルシャで採れる鉱物ラピスラズリ(宝石として)のことで、つまり色としては
ウルトラマリン(群青)なんですね。その色は紫味の冴えた青です。
中国経由で平安には既にそれを砕いた顔料が入って来ていたんでしょうね。

生物のネーミングは、その体の一部に青い部分があってルリ色をイメージするからです。
しかし、実際は紫味の青というより黄味がかった冴えた色が多い感じがします。
青ければイメージがよい瑠璃を何にでも付けたがったのでしょうかねー。
何しろ仏教では七宝(7種の宝物)のうちの一つが宝石としての瑠璃ですので。
「ルリ」って言葉の響きもいいです。

生物の青は、色の成分があるわけではなく、構造色という仕組みで発色しているそうです。
表面構造が可視光線の波長より小さな大きさで形成されていると、光が分散・散乱・回折・
干渉が起きて通常の物体とは違う発色をするということです。
CDやシャボン玉、玉虫が虹色に見えるのもこの現象だそうです。
ですので、生物の青は明るい色でも白を混ぜたような色ではなく、輝くような色合いですね。

「日本瑠璃色生物の会」と銘打ってここに代表者に集まって頂きました。
ルリハタ(魚)、オオルリ(鳥)、ルリタテハ(蝶)、ルリボシカミキリ(カミキリ虫)、
ルリイトトンボ(トンボ)、ルリガイ(貝)の皆さんです。
初代代表はルリハタさんで、進行役も務めて頂くことになりました。。
それでは始めて下さい。

ルリハタ「えー、、陸に上がれないものですから皆さんには海辺に来て頂きました。
     御足(羽)労ありがとうございます。
     こんな顔ですが、似合わずきれいな青色をしています。
     しかし、表面から毒が出てしまうので敬遠されがちで困惑しています。
     でも、あの伊藤若冲先生が描いてくださったことを昔祖父から聞いて、
     嬉しくて誇りに思っております。」しかも西洋渡来のプルシャンブルーの顔料を
     使ったことが最近分かったそうです。
     ではそれぞれ自己紹介をお願いします。

オオルリ「野鳥代表で来ました。
     やはり私が代表格かなと思っております。
     夏鳥でオスのみ青いです。いいのかなー。
     友人にカワセミがいますが、きれいな青をしているのですが名前にルリが付いて
     いませんで、この会に参加できないことを大変悔しがっておりました。
     皆さんによろしくとのことでした。」

ルリタテハ「青が部分的に入っているだけなので肩身の狭い思いをしております。
      でも良いデザインでちょう。ちなみにメスも青いです。
      これでも夏の暑い日には涼しげで人間の目にも涼やかで喜ばれているんですよ。
      今日こうして皆さんとお会いして改めて青はきれいだなと思い、なんだか勇気が湧いて
      きました。
      そして海外にはモルフォ蝶のような憧れのスーパースターがいるので心の支えになって
      います。

ルリボシカミキリ「カミキリ虫の仲間です。生木を食べて害虫とされる仲間でないことを最初に
         言っときます。
         デザイン的にはかなりいけてると自分では思っています。長ーい触角が自慢です。
         色も明るい青と黒い斑点で粋だなーと言われます。
         名前もルリと星とで、メルヘンチックで童話の世界のようでしょ。
         樹液や果実を食べること、これは普通です。
         普段は枯れ木などに住んでいます。人間でいえば古民家暮らしのようなもので今風で
         素敵でしょ。一度遊びに来て下さい。
         昆虫の中では人気者ですが、おぼれることなく謙虚にいたいと思っています。

ルリイトトンボ「初めまして。声が小さくてすみません。
        普段は高地などの水辺、湿地の寒冷地に住んでいるので、下山してこのような環境に
        少し戸惑っています。潮風が目に沁みます。
        私のほかに青いトンボはけっこういますが、ルリと付いていないのでどうしても私に
        なってしまい恐縮です。
        最近、生息条件が悪化しているので住みにくくなっています。
        絶滅しないよう環境の保護を是非お願いしたいです。

ルリガイ「あのー、私なんか来てよかったんでしょうか。
     自分ではあまり青々しくなくきれいとは思っていないので、来るのが憚られたのですが思い
     きって来ました。
     いつも足から粘液を出し泡を出して海面を漂っています。筏という人もいます。
     しかもさかさまです。ある意味楽です。食通ではありませんがクラゲを食べてます。

ルリハタ「皆さんありがとうございました。
     皆さんのこと、知ることができて大変有意義でした。
     時間もないので今日は自己紹介だけで終わらせて頂きます。
     これから皆さんと一緒に瑠璃色生物のさらなるイメージアップに努めていきたく
     よろしくお願い致します。
     それでは最後に我々のスローガンの声を発したいと思います。
     ご唱和よろしくお願い致します。
     それではイチニサン

一同   「瑠璃も玻璃も照らせば光る!」
     「我々の未来は瑠璃色だ!」
      やれやれ・・・

at 15:18, まっちブログ, 工場長 新井

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しりとりイラスト

しりとりイラストです。


コロナに負けるな!
アマビエ様にはもう少しお世話になります。



ナズナ
果実の形が三味線の「ばち」 に似ているからペンペン草。
三味線草とも。(ペンペンは三味線のこと)春の七草ですね。
子供の頃、果実を鳴らして遊びました。



ナベヅル
鹿児島県出水市での越冬が全世界の90%らしい。
羽の色が鍋につく煤の色に似てるからナベヅル。ネーミングひどくない↑
「ニビヅル」の方がきれいでいいと思うのですが。



ルリハタ
青い色が瑠璃を連想させるからルリハタか。
瑠璃色の昆虫や鳥、花など調べてみるのも面白いかも。
色はきれいだが、表面から毒を出すそうです。こわー。
身は食べられるそうです。でも気を付けて



ダビッド
フランス古典主義の画家。政治家でもありました。なかなかイケメン
ナポレオンに庇護されて、肖像画を描いていますね。
ルーブルにある「皇帝ナポレオン一世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式」は大きくて驚きました。
「レカミエ夫人」きれいですね。でも未完成。(どこが未完成か分かりません)
レカミエ夫人は完成を待てずにダビッドの弟子に新たに頼んだそうです。
こっちも美しーい。



緊急事態宣言が39県で解除されました。
少しは収束に向かっているのでしょうか。でも油断は禁物です。
まだまだ出来る範囲で自粛したほうが良いかもしれませんね。

外出を控えて何かやること、いろいろテレビでも紹介されています。
それぞれ工夫をして心穏やかに過ごしたいですね。

何か絵を描くために手を動かしていたい。何を描こうか?
そんな時、しりとりイラストはいかがですか?
対象物を絞ってするやり方です。
植物→鳥→魚→歴上の人物で一回りというような順序です。
(対象はそれぞれ自由です)(どこでやめて良いです)
しかも、図鑑やSNSを利用して選んでもいいのです。
そして、それらをちょっと調べてみる。
名前を知っていても詳しく知らなかったこと、まったく知らなかったものに
出会うこともできます。図鑑や、SNSを見て描くことでそれらの形態や色彩
などが頭に入り理解が深まります。それらからチェーンで広がっていくこともあります。
知的好奇心が満たされます。

それで、やってみました。気持ちのおもむくまま。
あんまり丁寧に描くと嫌になるので、適当に。
上のイラストです。(鉛筆で描き、ブライトカラーで彩色です。)
「コロナに負けるな」で初めて、後は前述の順序です。
「ナズナ(植物)」→「ナベヅル(鳥)」→「ルリハタ(魚)」→「ダビッド(人物)」

説明を書くと長くなるので、やめておきます。
(イラストに一言だけ添えました。)
知らなかったことを知ることができて満足です。大袈裟ですが邂逅といっていいかな。
絵を描くことも楽しいし。

at 16:25, まっちブログ, 工場長 新井

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新緑 2020年



コロナウイルス感染対策の緊急事態宣言が延長され、まだまだ予断を許さぬ事態で
心は浮きません。

通勤時、周りの山を見ればいつの間にか新緑の只中です。
コロナに関係なく植物の世界はいつもの様相です。
風にそよいでいる木々を見ていると目に優しくさわやかで、生命力を感じます。
その少しでも人間の世界に与えてくれたならと思ってしまいます。

いつもなら、里山にスケッチに行き心身共に新緑に染まり薫風も気持ちよく、
リフレッシュするのですが今年はそうはいきません。
車の窓から眺めて満足するしかありません。
緑色は心にやさしく寄り添ってくれる色です。描かれた絵を見ても心が癒されます。
有難い色です。

描かれた新緑で思いつくもの。
何と言っても東山魁夷先生の作品群(特に「萬緑新」)、西洋ではセザンヌの「姉妹たちの池」です。
(画集の説明では夏になっていますが、アクセントのイエローグリーンが新緑の雰囲気です)
新緑の作品はあまりないように思います。むしろ萬緑の方が多いかも。

高村光太郎の「新緑の頃」という詩があります。
その中で
「青葉若葉に野山のかげろふ時、ああ植物は清いと思ふ。
植物はもう一度少年となり少女となり・・」
という表現があります。
「少年となり、少女となり」がいい表現で若い生命力の息吹を感じます。
人間も繰り返せるといいのですが、無理ですね。
でも気持ちはそのように持っていきたいです。毎年リセットでね。
来年は是非、新たな気持ちですっきりと新緑の季節を迎えたいものです。
今はじっと我慢の時です。

上のイラストは久しぶりにポスターカラーで描きました。
タイトルは「若葉とダンス」です。少年・少女とウキウキ感です。
もう少しグラフィカルに描きたかったのですが。画力が足りません。

at 17:13, まっちブログ, 工場長 新井

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あまびえ



先日のNHKの日曜美術館で「疫病をこえて 人は何を描いてきたか」が放送されました。
昔、日本も西洋も疫病が流行り人々を苦しめてきましたが、人間はそれを乗り越えてきました。
一つの救いになったのは、絵画の力だったとの内容でした。

日本では疫病を鬼として描き、それを退治する神様が描かれ、(辟邪絵というそうです)人々は
それを見て安心感を覚えたという。
念仏を唱えた人の名簿を鬼に渡し、危害を加えないことを鬼に約束させた場面の絵もあります。
目に見えない疫病を可視化し絵巻物で物語化し、向き合ってきました。
なぜか疫病を表した鬼はユーモアに描かれ、当時の人間の心の余裕も感じられます。
戦うというよりも共生するという姿勢です。

江戸末期に「あまびえ」という妖怪が描かれたかわら版が残されています。
これが不思議な容姿で鳥のようなくちばし、ひし形の目、長い髪、胴には魚のような鱗、3本の脚で、
ユーモラスなかわいい妖怪で、日本らしい。
豊作と疫病の予言をするそうです。姿を見た者は絵を描いて人に見せよと告げる。

今これがブームでいろいろな人がオリジナルな「あまびえ」を描き、SNSに投稿しています。
(特徴は保って、意匠を創作しています)菓子やグッズも出ています。
疫病から守ってくれるよう願いが込められています。
「あまびこ」という妖怪もあって、疫病から守ってくれるそうです。
「あまびえ」は「あまびこ」の書き間違えか、書き換えたと推測されるそうです。

「あまびえ」は疫病から守ってくれるありがたい妖怪なんです。
投稿を見た人は、ほっこりしてその時だけでも気持ちが和らいでいると思います。ありがたいです。

前回のブログでは音楽の力を感じたと描きましたが、絵も人間に力を与えてくれますね。
音楽も絵画にも感謝です。。

私も「あまびえ」を描いてみました。
内容は50代以下の人にはぴんとこないかもしれません。すみません。
でも、皆さんを守ってくれますように願っています。

at 15:39, まっちブログ, 工場長 新井

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